風の舞い--モノクロームの水彩画

裸婦デッサンや単純化を目指したイメージスケッチを楽しんでいます。

草伸びる

過去に描いた絵を時々再検討しているのですが、 見方をひとつ変えてやると冴えなかったものが意外に新鮮に見えたりします。どうもなあ…と思っていた絵も、違った観点から眺めてやると意外に軽快に作業が運んでいたのかなと思うことがあります。

もっともこれは、非常に狭い個人の領域ですが、描画のヒントというのは、意外にそんなところに隠れているのかも知れません。これなどは、狭い山道の脇の斜面からひょろっと伸びた枯れ草に見えます。或いは水辺にも見えるかもしれません。

大体描く人は行ったり戻ったり頭を捻ったり満足したりガッカリしたりの繰り返しです。あまり満足ばかりせずに、悩んでいる人にだって絵を描く幸福はまた違ったところにあるように思えます。全然楽しく見えない苦しそうなことをいっぱいやりますからね人というものは。そして小さな発見の繰り返しです。

これはポスカラによる不透明な描画ですが、不透明ではキリッとした切り裂くような鋭い明部を描き入れることが可能で、私の少ない経験から述べると、油彩よりもアクリルよりも不透明な水彩、つまりガッシュが最も軽快にこれができるように思います。

まあ、アクリルも水彩ではあるですが、あれは絵の具の性質からしてちょっと粘りがあるような気がして速い筆の走りにはやや鈍感に思える部分があります。過去はそれ程不自由なくアクリルで製作していましたが、今はガッシュを好んでいます。著名なアーティストの絵が、アクリルだと思っていたのにガッシュだったということもありました。以後はガッシュに敬意を払っています。

不透明の魅力的なところは、明るくしっかりとしたパートをアンダーな上に乗せられることであって、一部の人が言うように、修正ができる簡単な画材という位置ではありません。これをいう一部の人には妙な見栄が見えて、私は敬遠しています。それぞれには固有の魅力があって、それを発見できた人の方が幸福だと私は思います。またハードな描き方をする場合はその性質から言って不透明が適していると思います。

幸福はどこにでも転がっている--そう言った人がいました。外出の帰り、ちょっと引っかける居酒屋のひと時が私には幸せです。小さな世界ですが、似たようなものです。世の中は、小さな幸せの積み重ね。

不幸もあちこちに転がってますけどね。

あっはっは、それを最後に言っちゃうからダメなんですよね。

本日もありがとうございました。

- 3月 14, 2024