風の舞い--モノクロームの水彩画

裸婦デッサンや単純化を目指したイメージスケッチを楽しんでいます。

メンテナンス(宇宙船)

久しぶりのSF関連です。元々はこういうのを描きたくて絵を描き始めたのに今はとんと少なくなりました。一般絵画をやり始めると殆どこの手の絵を描くことはありません。

基地とメンテナンス中の宇宙船

メンテナンス中の宇宙船

しかし私はSFやファンタジー系でなければ表現できない部分もあるように思いますので思い出したように描いています。以前にも書きました。水墨画でやるSFアート。粋なもんじゃないですか。でもない?

それはまあいいのですが、こういうのは描きながらデザインを考えるのでどんな結果になるかあまり予想はできません。一応、どこかの無重力基地でメンテナンスを受けている宇宙船を想像してみました。

どんなものでも陰影がドラマチックだと映像は美しいと思います。日常的な光景とはちょっと違ったSFの世界はその辺りを研究するには面白い分野だと思います。

本日もありがとうございました。

入らずの場所

あそこへ行くな。そういうところが子供の頃にはありました。何故か理由まで覚えていませんが、単に荒れていて小さな池があったり所々に穴が掘られていたりして子供には危なかったのでしょうね。

荒涼とした印象

入らずの場所

私の住んでいた場所は繁華街じゃないので、市街地と反対側へしばらく行くとどこも荒地でした。特に整えられた畑がある訳じゃないのに、気を付けないと野壺もあったし、どこからか持ってきた廃材みたいなものが積み上げられていたり、今から思えば危ないところで遊んでいたなと思います。民家からは少々離れているし、雨が降ったら下はドロドロ。陽が暮れたりすると周りの風景が急に怖くなりました。

そんな印象です。子供の頃は何でも怖かったですけどね。ところが怖いところは何となく魅力的で…。

本日もありがとうございました。

吹けよ嵐

どこかにそんなタイトルの曲がありましたね。ピンクフロイドでしたっけ。私はあっち系ではないのですが、さすがにあれは知っています。とても惹き込まれるものがあります。

嵐を印象的に描く

最近またまた、いつもとは違った取り組みをしています。形に囚われないで印象を優先しようとしています。当ブログでは、実はここを中心に取り組んでみたいと思っておりまして、個人的には最も直截な感じがしています。

しかし、結果がほぼ偶然性に影響されるために失敗ばかりを繰り返しています。早く言えば結果はまぐれに近いです。従って今後も駄作が続くでしょうが、ここは居直りたいと思います。

と言っても、ぱっと見似たようなものですね。

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今記事を書いているこの最中でも外は嵐のような風が吹いています。天気は良いのですが強風注意報が出ているようです。

どうせなら世界中に嵐が吹いてすっかりあれこれを吹き飛ばしてもらえないでしょうかね。たった今のニュースでは、いずれは世界中の半分が感染かと報じています。何度も接種しまくってこの有様ですから、上手く行ってるとはとても思えません。でももしかしたらこれこそが嵐かも知れません。収まる直前がピークになる。大方はそう言うものです。

バーッと吹きまくってきれいさっぱり飛ばしてしまえ!

本日もありがとうございました。

杣人の道

雰囲気出そうと思ってちょっとガチャガチャやり過ぎました。自分としてはもうちょとあっさり目で仕上げたいのです。しかしこれも、現段階の力量ですのでしょうがありません。絵は杣人しか通らぬような険しい山の道--のつもりです。

山の険しい道のイメージ

杣人の道

杣人とは樵(きこり)のことだそうです。木を切って日々を営んでいる人で、山のことを良く知っている人でもあります。私は山の経験がないのにどうして山に詳しい人に魅力を感じるのかよく分かりませんが、山の中では人間心理と結びついた注目すべき事例が沢山あるからでしょう。

かく言う私は精々ハイキング程度しか経験がありません。仲間とキャンプをした経験があるくらいですが、そんな私でも道迷いを経験しています。アレっと思ったときにすぐに引き返して無事ですが、引き返すこと自体難しいことがありました。下りの道迷いは大変です。斜面を登ってはなかなか引き返せないのですね、木の枝が逆になって自分に突き刺さってくる感じです。かなり焦りました。無理やり突っ切って登り切ったのですが、顔にあちこち傷をしていました。遠くに人の声が聞こえてくるような場所でさえそんなことが起きます。

そんな場所で、もし一夜を過ごさねばならない羽目になったらと思うとゾッとします。きっと色んなものを見ると思います。

本日もありがとうございました。

森へ

荒涼とした冬の感じですね。寒そう。

これは前回の絵とは全く違った描き方です。一回やったところはなるべくは触らない。水墨画の掛け軸なんか、一か所でも修正してあるとダメですよね。あの感じが欲しいのです。

一発描きを目指した絵

森へ

といってもここだけを目指しているのではなくて、飽くまでこの種の絵は----という意味です。段取り決めて我慢強く計画的に重ねて行く絵もあって、それはそれで魅力があります。本当にどの方面も奥が深いと思います。

以前、地面を塗り残すと雪残りみたいだと言いましたが、これもそう見えますね。寒い部屋でこんな絵描いてたら凍えます。

森ばかり描いていますが、これは山や森の中では幻覚を見やすい----と言うところが私の場合絵と繋がっているためです。過去にも書いたことがありますが、人間の脳は実に不思議で、克明に描かないことでむしろリアルな場合があります。その場合のリアルは日常の風景と見分けがつかない種のリアルとはちょっと違います。これは絵に関しても重要な部分なのですが、この辺のことは口ではあれこれ言えても、ほぼ全ての人が口ほどには描けません。身に付くのは難しいものです。

幻覚は、僅かな暗示があると脳がそれを描き始めることで起きるのだと思うのですが、大抵は本物よりリアルで迫力があります。遭難した人は例外なく幻覚を見ています。山の経験の多い人の話は興味深いです。

本日もありがとうございました。

明けましておめでとうございます

早いもので令和も四年になりました。お正月なのに、何となく黎明を感じさせる絵になりました。世界はまだ混沌としていて、遠くに、ようやく光が射し始めたか、そんな気のする年明けです。

黎明を感じる夜明け

微かな光

ここまで来ましたら、私が心配するのはむしろ人の心です。ある人には思わぬ収入となり、ある人は失意で事業をたたむ、そしてまたある人たちは行動の自由を奪われる。色んな人たちが出現しました。様々な思惑が渦巻いて、世界はまだ、完全な夜明けを迎えるまでには時間がかかりそうです。

わが国はまだ穏やかですが、海外を見るとここから先どうなるか知れません。しかし希望をつなぎたいと思います。

地味なパッとしないブログですが、本年もよろしくお願いいたします。

騒原

あっはっは、そうげん----と読んで頂けますか。嵐の前なのか予感なのか、ざわつく原野のイメージです。

このようなイメージなものを連作で描いていますが、筆の跡をそのまま残す描画を試しています。何度も述べていますが、荒涼たる雰囲気に、より惹かれるものを感じます。

騒ぐ野のイメージ

騒原

年内の更新はこれで終わりです。昨年の暮れには、一年も経てば世の中もうちょっとマシになっているかと期待したのですが、あまり変わらないと言うか、むしろ私には危惧する状態になっているように見えてしまいます。

もちろん逆に、非常に好ましい状態であるように語っている人もあります。文面から明らかに判ります。この辺は考え方それぞれですが、日本にも明らかにある種の分断が生まれてしまったように思えます。

人とはそうなりやすいものだと痛感します。絵のような非常に個人の探求であることの多い分野でも、他人のスタイルに批判を加えたがる人が実際に存在します。これは慎むべきだと思います。人が真摯であれば必ず違ったスタイルからでも互いに興味深い点を見出そうとするものです。それができないのは、己を上に置きたがる人間の増長と弱さからです。

何年か後に修正されることを望みますが、一度割れてしまったものはくっ付きにくいの例えです。どうなっていくのか、ちょっと心配ではあります。

とはいえ、希望は繋ぎたいと思います。私としては淡々と練習を積み上げることしかすることがありません。

本日もありがとうございました。皆さま良いお年をお迎えください。